「納得」はすべてに優先する!

スティール・ボール・ランより引用
kakijiro 2026.06.03
誰でも

車で塩尻まで移動。1時間半ぐらい時間があったので、なんとなく積読チャンネルをYoutubeで流しながら運転していた。比喩として漫画『スティール・ボール・ラン』のジャイロ・ツェペリのセリフが紹介された。

「納得」はあるか。オレは「納得」したいだけだ!

「納得」は全てに優先するぜッ!!でないとオレは「前」へ進めねぇッ!

「どこへ」も!「未来」への道も!探す事は出来ねえッ!!

これは、いい考え方だなと思った。ジョジョシリーズでも一番好きなのは『スティール・ボール・ラン』だったが、この名台詞とされている「納得はすべてに優先する」の記憶がまったくなかった。だが、そこがいい。

しかも、直後のインタビュー取材で、元三つ星レストランのシェフ経験のある相手の口から「納得したい」という話が出てきて共鳴したのである。徳谷柿次郎とジャイロ・ツェペリとシェフが”納得の世界線”に突如表出した。なるほど、たしかに。納得はすべてに優先するのかもしれない。

というのも最近の自分は、自分自身に納得が追いついていない。言い方を変えれば、前に進むための納得に到達できない仕事環境に陥っている。主体的に選んだ道ではあるが、求められる役割と成果に対して組織の歯車が噛み合っておらず、新しい価値観を提案するための出力が足りていない。

結局はゼロイチ部分の熱量が重要で、その部分を担保できるかどうかに尽きる。役割を分散されると熱量は拡散される。濃霧みたいになればおもしろいものの、大半は実力不足によって薄くなるのが関の山だ。この舵取りを経営者と編集者と作家を行き来して補う。たぶんこの3つの役割をひとりで背負っているから疲れのだろうなと思う。

極端なことをいえば、株式会社Huuuuを本当の意味で捨てて、毎日仕事がない状態で焦りに焦った状況で、机に向かって書き進めた原稿を書籍にすることで本来の作家性を獲得できるのかもしれない。そして一人で売り歩く……。だが、そんなことはむずかしい。

では、自分はどこで納得を優先できるのか。そのためになにを手放すのか。作家の角幡唯介は「これまで切り捨ててきたものが45歳ぐらいになると怨霊のように、呪いをかけてくるわけですよ。それが中年の危機だと思う」とYoutubeで話していた。

ここで大事なのは、その切り捨ててきたことに対する「納得」を持てているかどうか。難しいのは納得をしていても、必ず中年の危機は訪れること。これが人生の振り子運動である「大きなゆれ」のひとつなんだろうなと想像している。

正直、50代でも60代でもゆれていくんだろうなと思う。そこに言葉があるか。メディア的に耳目を集めるのか。特殊なのは現役世代の40代の働き方に対して、大きな産業構造の変化が重なっていること。テレビからYouTubeへ。ウェブメディアからPodcastへ。表立ってインプレッションを集め続けないと食えないと、みんな思い込んでしまっている。

信じられることは手元と足元にある。だが、それはなんなのか信じ込むこともむずかしい。なぜなら、己の判断軸だけで「これだ!」と決定しなければならないからだ。

他者評価と欲望がどろどろのインクのように混ざり合ってお金に繋がってしまうインプレゾンビの方が、もしかしたら気楽なのかもしれない。まともな人間をやるほうが胆力を求められ、主体的なゾンビの方がヒャッハーだとしたら。ゾンビにはゾンビの納得がある。

世界は複雑怪奇な未知の領域だと思っていたが、グローバリゼーションとサプライチェーンのおかげで境界は溶けていって、人間そのものの内面が次世代的に複雑化しているのは間違いない。

そんな「人生のゆれ」を対談の中で語り合った新作が出ます。建築家と編集者の類似性と産業構造の揺れ。不安が根を張るように動き続けた結果、そこにはAとBの反復横跳びでは生まれない生存戦略の「らせん運動」がありました。

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