経営脳がこびりついてしまった
もう3月半ば。気づけばSNSで戦争関連のニュースを追ってしまうし、日々の予定も詰まっているし、最後の花火や!と思って参加した「スナック夜風」の2日連続ナイトで死んでしまった。
酒による死を本気で意識してしまったのは、やはり酒の飲み過ぎは身体に良くないという当たり前の事実が内臓を一刺ししたからである。才能あるラッパーが40代後半から50代前半で死んでいくのは、深夜のクラブ文化が生活習慣化してしまっているからではないか?と、横たわる布団の上で考えていた。
まぁ、それもまた各々の意思によって人生は駆動していくもの。否定も肯定もしない。ただ、私はかわいい娘の成長にメロンメロンであり、レモンレモンでもあるため、酒の咎人にはならず、健康を意識して生きていきたいと願っている。祈れ、祈れ、祈れ〜!
というわけで、脳みそが経営モード120%になってしまっている。決算書と今期の見込みデータを鎖鎌みたいにぶんぶん振り回して、Geminiに読み込ませて今後の採用や方針、赤字の回収、販管費の設定など、社長10年目にして本気の経営者モードになっている。こんな状態で作家性なぞ望めるはずもなく、中間層が抜けた穴を埋めるべく、FWとMFとGKを一人でやっている感覚だ。
だが、それもまた求めた世界のひとつ。どこまでいっても属人性から離れるわけもなく、再現性なんて言葉は土に埋めてしまった方が気楽でよい。私は私でしかないという現実を受け止めて噛み締めて、エゴを追求するような経済のあり方を再構築するターンに入ったと言っていい。
一言でいえば「適正サイズ」を探さなければならない。30年近く触ってきたインターネットのDNAが日々の行動や反応を決定づけている感覚が強くあって、その強い反応は「適正サイズ」を常に超えていってしまう。無限の拡張性こそインターネットのダイナミックな性質だとしたら、生身の人間である私の身体性すらも無視してしまうエネルギーがマジである。
30代以降は実践と拡張性がどこまで枝葉のように伸びて、四季を巡るように実りと落葉が繰り返されてきた。一瞬の美しさに心を奪われて、もう一度同じ実が生るんじゃないかと期待してしまう。どこまでも小さな成功体験でしかないものの、自分がイメージした企画や場所、書籍が誰かに届いて、なにかの引き金となって、新しい種がこぼれ落ちる……この循環が癖になってしまっているのだと思う。
2026年7月末まで続く10期目の経営は、黒字と赤字がギリギリのラインになっている。昨年11月末時点では「初の赤字予測だ〜〜〜!ドンドコドンドコドンドコ」と悲痛の太鼓を叩いていたのだが、東京チーム解散、スナック夜風閉店、販管費の見直しを大胆に進めつつ、新規のお仕事によって少し回復傾向にある。だが、以前のような利益率と水準を保つことは相当むずかしい局面に入ってきてるなと思う。
改めて経営者としての直感は鋭いほどに当たっている。その予測を超えるぐらいの難局が、今年の夏以降に向けてジワジワと喉元をえぐるように襲ってくるんじゃないか。守りの年として捉えていたが、そんなレベルじゃないのかもしれない。信じた盾が巨大な暴力によって一瞬で突き抜かれる。経営者の仮面を脱ぎ捨てて、父親としての仮面をかぶることのほうがより重要だろう。
悲観よりも楽観でいたいのは人間の本能だと思うが、この社会における生存戦略はその2つを行き来して真ん中に立って、笑いながら拳を握っている態度かもしれない。
とりあえず夢中になって会社の売上が立つような震えるお仕事をお待ちしています。でっかい柱を建て直して、タオパイパイのようにどこまでビューーーンと飛んでいくしかない。
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