出力できない身体

急に一人で話すのも、文章を書くのも億劫になった
kakijiro 2026.02.10
誰でも

急に出力きなくなった。単純にバカみたいな予定を組んで、身体的移動と精神的疲労が重なった状態でもあるんだけれど、明確に心身が滞った感覚だけが強くある。

ずっと入力だけはある。インプットお化けだ。函館、青森、秋田、鶴岡、伊那、木曽、熊本、福岡、下関……ここ一ヶ月で訪れた土地の記憶と人の喜怒哀楽は、しっかりと受け取れている。ただ、過剰すぎたかもしれない。会社解体のしんどさもしっかりダメージとして残っていて、そこに新規案件の相談がどんどん舞い込んでくる。

ありがたいことである。求められているのだから。新たな領域で、新たな事業体で、新たな切り口をここ二カ月考え続けていた。ようやく一筋の光が見えた。なにも新しくはなくて、誰もが選ばない、誰もが真似したいと思えない泥臭い道筋。でも、やっぱり最終的にはそこしかないんだよなと思っている。

まずは受け止めたい。だが、身体はひとつ。決断するための筋肉がだるんだるんに伸びていて、スケジュールの隙間を埋める予定が入るたびに気持ちが沈む。やるしかないんだよな。それはわかっている。やればきっとうまくいく。インド映画のタイトルみたいで悪くない。

それでも、心の澱みたいなものが発酵されないまま、未消化の具材として沈殿したままなのはあまりよろしくない。血流が止まっとる。

まぁ、それでもやるんだけどね。大人だし。経営者だし。小さな赤字をグルっと反転させるぐらいの打ち手を考えないと、この先おもしれぇ〜〜ことで飯食えねぇ〜〜〜だろ! これぐらいの感情は、骨身で応答できるぐらい元気ではある。娘の存在に癒やされながら、ギリギリの綱渡りで年明けからの時間があっという間に過ぎてしまった。

最近「ちち」と「パパ」の表記ゆれの発話が出てきて「どっちにいくんだい!?」とソワソワしている。本音は前者がいいけれど、後者の抜けた母音がちょっと強すぎるし、保育園のパパ占有率が影響を与えているのだろう。人は環境がすべてだなとしみじみ思う。

この間、Podcastの収録はまったく気持ちが乗らなくて更新していない。年末からのバタバタで活用していたワイヤレスマイクがどっかにいっちまった。疲れるとろくなことがない。文章もあまり書けていない。いまこの文章を書けているのは、怒涛の出張ツアーが少し落ち着く感覚あるのと、腕のいい整体師に身体を揉んでもらったから。六本木のヒロ銀座でカット&シェービングでスッキリしたのも大きい。

さらに昨晩の木曽、今日の東京、共に直帰することができた。ご褒美と言わんばかりに溜まったえきねっとのポイントを活用して、「22:08発あさま」のグリーン車に乗っている。たまにやる贅沢。これはリハビリ的に文章を書かないとバチが当たるなと思って、とりあえず思いついたままの近況をここに残しているんだけど、マジで3月には一週間ぐらい休みたい!全国行商も4月以降はスローダウンせざるをえない!2026年お疲れ様でした!

永久凍土におれはなる!!!

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